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78話 泥の胎児

Author: 白蛇
last update Last Updated: 2026-01-16 17:02:18

 屋敷の勝手口の前は昼と夜とが擦れ合い、世界の色が濁る最も逢魔おうまが刻に近しい、湿りを帯びた空気を漂わせていた。

 門前の雪道に、薪を山と積んだそりの一団が姿を現す。

 瑞礼はけやきの古木の陰から、その淀んだ流れを見定めた。影が重なり、門番の気が緩む一瞬の隙。瑞礼は音もなく雪を蹴り、そりの最後尾に取りついた。

 雪に深く沈むそりを押し、労働者たちが発する汗と疲労の熱気に紛れて勝手口をくぐる。門番の視線が背中を滑ったが、咎める声は上がらない。

 泥にまみれた有象無象の影が一つ増えたところで、彼らの関心を引くには至らぬようだ。

 屋敷の内に入り、隙を見て薪小屋の裏手へ身を滑り込ませる。

 背中で扉が閉ざされた瞬間、空気が一変した。

 そこは外から見た城郭を思わせる威容とは裏腹に、巨大な生き物の内臓に呑み込まれたような、生暖かく湿った熱気を孕んでいた。

 瑞礼は懐の小鈴を押さえ、緋宮の気配を探して奥へ進もうとした。だが、すぐに足を止めざるを得なかった。

 広い。広すぎる。

 無秩序な増改築を繰り返したのだろうか。渡殿わたどのは蛇の腸のようにうねり、黒ずんだ板塀は視界を遮る迷路となって行く手を阻む。

 さらに、どこからともなく漂う異臭が、瑞礼の感覚を狂わせた。

 溝川の腐った水、獣の脂、そしてそれらを覆い隠そうとする、むせ返るほど甘ったるい白檀びゃくだんの香り。聖と俗、浄と不浄が混ざり合ったその臭気は嗅覚を麻痺させ、平衡感覚すら奪っていく。

 胸元の小鈴がしゃら、とかすかに鳴った。

 頼みの綱であるその音も、どこか頼りない。磁石が狂う樹海のように、この屋敷全体が歪んだ磁場を放ち、龍神の清浄な気を掻き乱しているようだ。

 瑞礼は人の気配を避け、瑞礼は人気のない北側の区画へと足を向けた。

 そこは特に空気が淀んでいた。雪かきもなされておらず、踏み固められた雪は汚泥となり、建物の裾を黒く濡らしている。

 土蔵群の一番奥。崩れかけた蔵の扉が半開きになり、うっすらと灯りが漏れている。

 そのとき、音が聞こえた。
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